新しいプリンタと新しいノートパソコンをゲットして東北大学の11階の研究室に運び込む
ノートパソコンは机の上においておき, プリンタは重かったので, 机の足元につっこんでおく.
携帯の電池が切れてしまったので, 2時ちょい過ぎから充電をはじめる
研究室には他に2人の研究者がいるのだが, 出張やら自宅でひきこもっているやらで部屋は一人きり
そんななか, 14時46分, ぐらぐらと揺れ始める
地震速報はなかったので(3年くらい前の地震では, 地震速報があった), 目の前のモニタが倒れないように支えながら地震が落ち着くのを待つ
と待っているのだが, 全然落ち着く気配がないし, むしろどんどん酷くなっていく
あれ, なんかこれはおかしいなと思っていると, 揺れがたいへんなことになってくる
なんというか, 建物が回転しているような感じ
こういう時, 頭は普段より回転が早くなっており(それを動転というが), いろいろな判断を一気にする
東北で起こると思われていた大地震が発生したに違いないということがわかり, 引越前に来てしまったかと残念な気分になる(失礼は承知で書いたが, これは本心)
そうこうしてると, 揺れがたいへんなことになっており机の上にあった蓋付の棚から本がばらばら落ちてくる
他の研究員の棚は本だからまだしも, 自分の棚には, ガラス瓶とかボトルとかなため, 落ちてくると, 本当に危ない
取り敢えず, 棚の蓋をおさえて中身が飛び出ないようにする
とはいえ, もう一方ではモニタを抑えていたので, 両手で抑えるにも抑えられない状況になる
安全性を考えれば, 抑えるべきは棚の蓋. モニタは出来るだけ静かに倒して諦め, 近くにあった壁を支えにする
もう立っているのがやっとの状態
そんななかで, 窓際から外を見てみると, 建物がおかしなことになっている
自分の研究室の建物と向かいの建物を繋ぐ連絡通路部分がくっついたりはずれたりしている
建物は免震構造をしているから, 地震のエネルギーを揺らして分散させることは知っていたのだが
接合部分はその揺れに耐えられなかったのだろう
この時は本気で思った.
建物が崩れたら, 死ぬかもしれないな
死が近くに来たことは何度かあるが, 意識下で死が近くに来たと感じたことは2度目だと思う
ちょっと長くなったので, 書いておきたいことを一つだけ書いて一区切り
自分は幸いにも津波の被害がなかった
テレビとかで津波の映像を見て, 理解したと思っているかもしれないが, それは違うと思う
あの日, あの時, 1万人以上の亡くなられた方とともに, とんでもなく多くの人が生死の間をみたのではないかと思う
残念ながら, これは経験した人でしか理解できないと思う
だからこそ, 自分が忘れないようにするためにも, 3.11から1週間くらいにあったことをまとめておこうと思う
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