月曜日, 大学の様子をみに行くため, 歩いて向かう
ガソリンが手に入りにくいのは承知の上, 2時間かかろうが歩くしかない
なんて感じで歩いていたら, 事務の方の車に遭遇
ありがたく拾ってもらう
大学でカメラが必要なことは予見していた
一眼レフカメラを持ってのこのこ現れた研究員は, 我ながら役に立ったと思う
有事のときに, 重要なことはミスを繰り返さぬためのログを残すこと
いろいろな部屋の様子を写真におさめる
そんななか, 今後の対応の打ち合わせで職員の招集がかかる
ここでも, 職員でない研究員は学生の点呼などを行うために便利屋さんをかってでる
研究室は, 安全が確認できないほどダメージをうけたため, 立入禁止となった
しかし, おそくまで残っていたら, 集団でのみ, 一回だけ立ち入りを許される
そこで, FMやら電池やらPCやらいろいろ確保する
FMを確保できたのは, とても大きい
あまりに情弱すぎた生活に, ひとまずの目処がつけた
そのあと, 数人で街に行き, auショップでケータイを充電する
電話もできるようになり, たくさんの人からメールを貰う
まじで涙が出そうになった
街中だったから我慢したけど, 一人だったら, 確実に泣いてた
大家さんも, 電気が使えるようになったため, ライフラインがほぼ復旧
お世話になり続けるわけにもいかないので, 避難所に行く
しかし, 近くの市民センターはボランティアベースの避難所だったらしく, 閉鎖されていた
そこで, 近くの小学校の体育館で一夜を過ごす
燃料がなかったため, 暖があまりとれず, かなり寒かった
ケータイでネットができるようになったことで, ようやく自分の存在意義をみつけだした一日であった
2011年12月29日木曜日
3.11の日記 3/13
余震がひっきりなしに続く. 全然寝れていない
水で体をふいて, 部屋をそうじしようと思うも, すぐにやる気をなくす
体力をつけるためにも, あたたかい昼間は車で仮眠
まわりの様子をみるため, あちこち歩く
近くのスーパーやドラッグストアは閉店
コンビニでおかしを買うのがやっと
大家さんから, 食事を頂く. もらいすぎてお腹がいっぱい
体がエコモードだから, エネルギーがあまり消費されていないくさい
大家さんの娘さんとかの子どもたちも, 体力が落ちてる様子
とくに, 精神的な疲れがたいへんそう
そんななか, 海岸の方に住んでいたらしい大家さんの親類が来る. 無事でなにより
まだ, この時点で, 津波の被害がよくわかっていない
ラジオでは100人以上の遺体があるとの話だっただけに
たいへんなことになっていることはわかっているが
自分達もまだ, ライフラインが回復してないため, まわりの余裕はあまりだせない
そんななか, 近くの駅に電気が通る
あと少しだ
一眼レフカメラがあることを思い出す
真っ暗なため, 星がやたらに綺麗に見える
そこで, 夜景の撮影を試みるが, あまりうまくはいかなかった
水で体をふいて, 部屋をそうじしようと思うも, すぐにやる気をなくす
体力をつけるためにも, あたたかい昼間は車で仮眠
まわりの様子をみるため, あちこち歩く
近くのスーパーやドラッグストアは閉店
コンビニでおかしを買うのがやっと
大家さんから, 食事を頂く. もらいすぎてお腹がいっぱい
体がエコモードだから, エネルギーがあまり消費されていないくさい
大家さんの娘さんとかの子どもたちも, 体力が落ちてる様子
とくに, 精神的な疲れがたいへんそう
そんななか, 海岸の方に住んでいたらしい大家さんの親類が来る. 無事でなにより
まだ, この時点で, 津波の被害がよくわかっていない
ラジオでは100人以上の遺体があるとの話だっただけに
たいへんなことになっていることはわかっているが
自分達もまだ, ライフラインが回復してないため, まわりの余裕はあまりだせない
そんななか, 近くの駅に電気が通る
あと少しだ
一眼レフカメラがあることを思い出す
真っ暗なため, 星がやたらに綺麗に見える
そこで, 夜景の撮影を試みるが, あまりうまくはいかなかった
3.11の日記 3/12
明け方, 避難所から出てアパートに戻る
ライフラインのうち, 電気がダメ. ガスは大丈夫だったが, 電気がダメなためにダメ
水は大丈夫なようだ. 顔を洗い, 歯を磨く
今考えると, 水が出たのは本当に幸運だった
この地域以外は, 水も壊滅的であった
近くのスーパーで野菜が売られているので購入しておく
ちらかった部屋を掃除するが, 体力がおちているためにはかどらない
あたたかくなってきたので, 車で仮眠する
結局, そうじはろくにやらなかった
からだを「できるだけ消費しない」モードにさせてたため,
急を要さない作業はやる気がおきなかった
大家さんの家主が, 夜勤とのことで, 大家さんの家に男手がいない状況ということで,
男手のかわりという立場をひきうける
昼とか夜とかの食事を頂いてします
こういうときに, 人は一人で生きていけないことに気がつく
なんとまぁ, あたりまえなことに気がつくのに28年もかかってしまった
ライフラインのうち, 電気がダメ. ガスは大丈夫だったが, 電気がダメなためにダメ
水は大丈夫なようだ. 顔を洗い, 歯を磨く
今考えると, 水が出たのは本当に幸運だった
この地域以外は, 水も壊滅的であった
近くのスーパーで野菜が売られているので購入しておく
ちらかった部屋を掃除するが, 体力がおちているためにはかどらない
あたたかくなってきたので, 車で仮眠する
結局, そうじはろくにやらなかった
からだを「できるだけ消費しない」モードにさせてたため,
急を要さない作業はやる気がおきなかった
大家さんの家主が, 夜勤とのことで, 大家さんの家に男手がいない状況ということで,
男手のかわりという立場をひきうける
昼とか夜とかの食事を頂いてします
こういうときに, 人は一人で生きていけないことに気がつく
なんとまぁ, あたりまえなことに気がつくのに28年もかかってしまった
2011年11月30日水曜日
3.11の日記 3/11 その2
地震がおさまり, 建物はなんとか耐えられた
とりあえず, 情報源を得るための携帯電話, 寒さを凌ぐためのコートをとって逃げることにする
この時, 冷静になっていたつもりだったのだが, 電池とFMラジオ, 靴のはきかえを忘れてしまう
電池がないため, 携帯が充電できず, FMラジオがないためにラジオ情報が集められず, 靴をはきかえ忘れたために, サンダルで逃げてしまう
まわりの脱出した人も慌てていた人が多く, コートを忘れたり, サンダルで逃げてしまったり...
地震のときの「おさない, かけない, しゃべらない, もどらない」はあったが, 「かけない」はあまり守られていなかった
もっというと, 「もどらない」は人によりけりだなとさえ, 今なら思う
本当なら防災袋を用意すべきなんだろうけど, 場合によっては, もどることも一つの選択肢かもしれないと思った
避難の後に, 何もない状態はどうしようもない
もちろん, 戻るというのは悪い書き方とはいえ, 独り身の献身的努力としてという意味であるが
中庭に避難するが, 最悪なことに天候は雪
コートを着てきたのは正解だったが, サンダルは大間違い
携帯電話で実家にメールを簡単に送ることはできたみたいだったが, それ以降は完全に不通
充電もままならなかったので, 諦めて電源を切る
電気, ガス, 水道の全てのラインが不通
大学は避難所としての設備が何もなかったうえ, 研究室の12階の建物の損傷が素人目で見ても安全といえない状況
免震構造でエネルギーを放出しようにも, 放出できないほどのエネルギーが建物にかかったようだ
さらに, 化学研究棟では, 薬品が反応してしまったらしく, 火災が発生!!
消防車がきたにはきたが, ほとんど処理できない状態
大学は薬品火災の異臭が漂う異様な状態
そんななか, 5時くらいまで, 大学から動かず, いや動けず
多くの人が車で帰宅していったのだが, 停電によって信号が動かないため, あっちこっちで大渋滞している
大学の目の前の道路でさえも渋滞していて, 車で帰宅しようにも渋滞に巻き込まれることは確実
近くの友人たちと今後どうなるかを冗談いいながら話しあい, そののち, 車でちょっとしたドライブに行く
情報を得ようにも情報がまったく入らないので, 車で街中を様子見する
やはり, 電気がダメになっているらしく, どこもかしこも真っ暗
車の暖房が使えるのが幸いである
驚いたことにアパートは無事だった
潰れてなくなってしまっているに違いないと思っていたので、本当に驚いた
しかし、部屋の様子をみようにもまっくらで, どうしようもない状態
これは避難所に行くしかないなと判断する
車を大家の駐車場に置いていたため, 大家のところに行くと, 大家さんの家族も家で過ごすことはできなかったらしく
庭でキャンプをしているような感じだった
独り身の自分はそこで, ラーメンとコーヒーをご馳走してもらってしまう
地震の後の1週間は, 大家さんに感謝してもしたりないくらいにお世話になった
あの頃を思い出して, 今でも思うのだが
挨拶って大事
なんだかんだで一人で生きていくことはできない
近所の付き合いは実は重要
あの頃, 頻繁に流れていた, 「挨拶の魔法」はバカにしてる人もいたが
いざというときに, 挨拶できるかは一つのサバイバル技術だと思う
挨拶されて怒る人はそんなに聞いたことないからねぇ
近くの市民センターに避難, 子ども連れも含めたくさんの人がきている
アルミの保温材を借りて, ぐるぐるまきにして寝ようとしたが, 寒くて殆んど寝れなかった
この日から, 体がエマージェンシーモードになっていたらしく, 栄養の摂取がとても少なくなったかわりに, 出す物も全然出なくなった
常に睡眠不足で体を清潔に出来なかったので, ストレスがかなりたまっていた
皮膚炎持ちが本当にネックとなる日々が始まることになる...
とりあえず, 情報源を得るための携帯電話, 寒さを凌ぐためのコートをとって逃げることにする
この時, 冷静になっていたつもりだったのだが, 電池とFMラジオ, 靴のはきかえを忘れてしまう
電池がないため, 携帯が充電できず, FMラジオがないためにラジオ情報が集められず, 靴をはきかえ忘れたために, サンダルで逃げてしまう
まわりの脱出した人も慌てていた人が多く, コートを忘れたり, サンダルで逃げてしまったり...
地震のときの「おさない, かけない, しゃべらない, もどらない」はあったが, 「かけない」はあまり守られていなかった
もっというと, 「もどらない」は人によりけりだなとさえ, 今なら思う
本当なら防災袋を用意すべきなんだろうけど, 場合によっては, もどることも一つの選択肢かもしれないと思った
避難の後に, 何もない状態はどうしようもない
もちろん, 戻るというのは悪い書き方とはいえ, 独り身の献身的努力としてという意味であるが
中庭に避難するが, 最悪なことに天候は雪
コートを着てきたのは正解だったが, サンダルは大間違い
携帯電話で実家にメールを簡単に送ることはできたみたいだったが, それ以降は完全に不通
充電もままならなかったので, 諦めて電源を切る
電気, ガス, 水道の全てのラインが不通
大学は避難所としての設備が何もなかったうえ, 研究室の12階の建物の損傷が素人目で見ても安全といえない状況
免震構造でエネルギーを放出しようにも, 放出できないほどのエネルギーが建物にかかったようだ
さらに, 化学研究棟では, 薬品が反応してしまったらしく, 火災が発生!!
消防車がきたにはきたが, ほとんど処理できない状態
大学は薬品火災の異臭が漂う異様な状態
そんななか, 5時くらいまで, 大学から動かず, いや動けず
多くの人が車で帰宅していったのだが, 停電によって信号が動かないため, あっちこっちで大渋滞している
大学の目の前の道路でさえも渋滞していて, 車で帰宅しようにも渋滞に巻き込まれることは確実
近くの友人たちと今後どうなるかを冗談いいながら話しあい, そののち, 車でちょっとしたドライブに行く
情報を得ようにも情報がまったく入らないので, 車で街中を様子見する
やはり, 電気がダメになっているらしく, どこもかしこも真っ暗
車の暖房が使えるのが幸いである
驚いたことにアパートは無事だった
潰れてなくなってしまっているに違いないと思っていたので、本当に驚いた
しかし、部屋の様子をみようにもまっくらで, どうしようもない状態
これは避難所に行くしかないなと判断する
車を大家の駐車場に置いていたため, 大家のところに行くと, 大家さんの家族も家で過ごすことはできなかったらしく
庭でキャンプをしているような感じだった
独り身の自分はそこで, ラーメンとコーヒーをご馳走してもらってしまう
地震の後の1週間は, 大家さんに感謝してもしたりないくらいにお世話になった
あの頃を思い出して, 今でも思うのだが
挨拶って大事
なんだかんだで一人で生きていくことはできない
近所の付き合いは実は重要
あの頃, 頻繁に流れていた, 「挨拶の魔法」はバカにしてる人もいたが
いざというときに, 挨拶できるかは一つのサバイバル技術だと思う
挨拶されて怒る人はそんなに聞いたことないからねぇ
近くの市民センターに避難, 子ども連れも含めたくさんの人がきている
アルミの保温材を借りて, ぐるぐるまきにして寝ようとしたが, 寒くて殆んど寝れなかった
この日から, 体がエマージェンシーモードになっていたらしく, 栄養の摂取がとても少なくなったかわりに, 出す物も全然出なくなった
常に睡眠不足で体を清潔に出来なかったので, ストレスがかなりたまっていた
皮膚炎持ちが本当にネックとなる日々が始まることになる...
3.11の日記 3/11 その1
新しいプリンタと新しいノートパソコンをゲットして東北大学の11階の研究室に運び込む
ノートパソコンは机の上においておき, プリンタは重かったので, 机の足元につっこんでおく.
携帯の電池が切れてしまったので, 2時ちょい過ぎから充電をはじめる
研究室には他に2人の研究者がいるのだが, 出張やら自宅でひきこもっているやらで部屋は一人きり
そんななか, 14時46分, ぐらぐらと揺れ始める
地震速報はなかったので(3年くらい前の地震では, 地震速報があった), 目の前のモニタが倒れないように支えながら地震が落ち着くのを待つ
と待っているのだが, 全然落ち着く気配がないし, むしろどんどん酷くなっていく
あれ, なんかこれはおかしいなと思っていると, 揺れがたいへんなことになってくる
なんというか, 建物が回転しているような感じ
こういう時, 頭は普段より回転が早くなっており(それを動転というが), いろいろな判断を一気にする
東北で起こると思われていた大地震が発生したに違いないということがわかり, 引越前に来てしまったかと残念な気分になる(失礼は承知で書いたが, これは本心)
そうこうしてると, 揺れがたいへんなことになっており机の上にあった蓋付の棚から本がばらばら落ちてくる
他の研究員の棚は本だからまだしも, 自分の棚には, ガラス瓶とかボトルとかなため, 落ちてくると, 本当に危ない
取り敢えず, 棚の蓋をおさえて中身が飛び出ないようにする
とはいえ, もう一方ではモニタを抑えていたので, 両手で抑えるにも抑えられない状況になる
安全性を考えれば, 抑えるべきは棚の蓋. モニタは出来るだけ静かに倒して諦め, 近くにあった壁を支えにする
もう立っているのがやっとの状態
そんななかで, 窓際から外を見てみると, 建物がおかしなことになっている
自分の研究室の建物と向かいの建物を繋ぐ連絡通路部分がくっついたりはずれたりしている
建物は免震構造をしているから, 地震のエネルギーを揺らして分散させることは知っていたのだが
接合部分はその揺れに耐えられなかったのだろう
この時は本気で思った.
建物が崩れたら, 死ぬかもしれないな
死が近くに来たことは何度かあるが, 意識下で死が近くに来たと感じたことは2度目だと思う
ちょっと長くなったので, 書いておきたいことを一つだけ書いて一区切り
自分は幸いにも津波の被害がなかった
テレビとかで津波の映像を見て, 理解したと思っているかもしれないが, それは違うと思う
あの日, あの時, 1万人以上の亡くなられた方とともに, とんでもなく多くの人が生死の間をみたのではないかと思う
残念ながら, これは経験した人でしか理解できないと思う
だからこそ, 自分が忘れないようにするためにも, 3.11から1週間くらいにあったことをまとめておこうと思う
ノートパソコンは机の上においておき, プリンタは重かったので, 机の足元につっこんでおく.
携帯の電池が切れてしまったので, 2時ちょい過ぎから充電をはじめる
研究室には他に2人の研究者がいるのだが, 出張やら自宅でひきこもっているやらで部屋は一人きり
そんななか, 14時46分, ぐらぐらと揺れ始める
地震速報はなかったので(3年くらい前の地震では, 地震速報があった), 目の前のモニタが倒れないように支えながら地震が落ち着くのを待つ
と待っているのだが, 全然落ち着く気配がないし, むしろどんどん酷くなっていく
あれ, なんかこれはおかしいなと思っていると, 揺れがたいへんなことになってくる
なんというか, 建物が回転しているような感じ
こういう時, 頭は普段より回転が早くなっており(それを動転というが), いろいろな判断を一気にする
東北で起こると思われていた大地震が発生したに違いないということがわかり, 引越前に来てしまったかと残念な気分になる(失礼は承知で書いたが, これは本心)
そうこうしてると, 揺れがたいへんなことになっており机の上にあった蓋付の棚から本がばらばら落ちてくる
他の研究員の棚は本だからまだしも, 自分の棚には, ガラス瓶とかボトルとかなため, 落ちてくると, 本当に危ない
取り敢えず, 棚の蓋をおさえて中身が飛び出ないようにする
とはいえ, もう一方ではモニタを抑えていたので, 両手で抑えるにも抑えられない状況になる
安全性を考えれば, 抑えるべきは棚の蓋. モニタは出来るだけ静かに倒して諦め, 近くにあった壁を支えにする
もう立っているのがやっとの状態
そんななかで, 窓際から外を見てみると, 建物がおかしなことになっている
自分の研究室の建物と向かいの建物を繋ぐ連絡通路部分がくっついたりはずれたりしている
建物は免震構造をしているから, 地震のエネルギーを揺らして分散させることは知っていたのだが
接合部分はその揺れに耐えられなかったのだろう
この時は本気で思った.
建物が崩れたら, 死ぬかもしれないな
死が近くに来たことは何度かあるが, 意識下で死が近くに来たと感じたことは2度目だと思う
ちょっと長くなったので, 書いておきたいことを一つだけ書いて一区切り
自分は幸いにも津波の被害がなかった
テレビとかで津波の映像を見て, 理解したと思っているかもしれないが, それは違うと思う
あの日, あの時, 1万人以上の亡くなられた方とともに, とんでもなく多くの人が生死の間をみたのではないかと思う
残念ながら, これは経験した人でしか理解できないと思う
だからこそ, 自分が忘れないようにするためにも, 3.11から1週間くらいにあったことをまとめておこうと思う
3.11の日記 3/9
11時前にそれなりの地震があった
風邪をひいてて体調はよくなかったのだが、引っ越し準備もしないといけないので大学に行く
論文の再投稿の指示が来ていたので修正する
地震に対する感想は、「揺れたというより長かった」
久々に結構揺れたなという感じ
あとから考えると、これは大きな布石だったのかも
風邪をひいてて体調はよくなかったのだが、引っ越し準備もしないといけないので大学に行く
論文の再投稿の指示が来ていたので修正する
地震に対する感想は、「揺れたというより長かった」
久々に結構揺れたなという感じ
あとから考えると、これは大きな布石だったのかも
登録:
投稿 (Atom)